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盛岡地方裁判所一関支部 昭和54年(ワ)34号 判決

昭和五四年(ワ)第三三号事件原告 有限会社厳美解光タクシー

右代表者代表取締役 菅原茂

昭和五四年(ワ)第三四号事件原告 株式会社県南タクシー

右代表者代表取締役 岩井トヨ子

昭和五四年(ワ)第三五号事件原告 有限会社一関タクシー

右代表者代表取締役 渡辺太郎

右原告ら訴訟代理人弁護士 田村彰平

昭和五四年(ワ)第三三号事件被告 千條渉

〈ほか七二名〉

昭和五四年(ワ)第三四号事件被告 佐藤糺

〈ほか五〇名〉

昭和五四年(ワ)第三五号事件被告 石川弘道

〈ほか一〇一名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 沢藤統一郎

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  昭和五四年(ワ)第三三号事件

1 右事件被告らは、同事件原告に対し、連帯して七二万五九円およびこれに対する昭和五四年七月五日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、右事件被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言

二  昭和五四年(ワ)第三四号事件

1 右事件被告らは、同事件原告に対し、連帯して九四万四六四円およびこれに対する昭和五四年七月五日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、右事件被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言

三  昭和五四年(ワ)第三五号事件

1 右事件被告らは、同事件原告に対し、連帯して一二七万五七三四円およびこれに対する昭和五四年七月五日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、右事件被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する被告らの答弁――全事件とも)

主文一、二項と同旨の判決

第二当事者の主張

(原告らの請求原因)

一  当事者

1 原告ら

原告らは、いずれもタクシー営業を目的とする会社で、次のとおりの経営内容を有するものである。

(一) 原告有限会社厳美観光タクシー(以下「原告厳美観光タクシー」という。)

設立年月日 昭和四〇年一〇月二一日

資本金 一二〇〇万円

保有営業車輛数 五〇台

営業所 山目ほか三か所

従業員数 一〇三名(うち組合員八三名)

(二) 原告株式会社県南タクシー(以下「原告県南タクシー」という。)

設立年月日 昭和二八年一二月二六日

資本金 一五〇〇万円

保有営業車輛数 二七台

営業所 本社ほか一か所

従業員数 六四名(うち組合員五三名)

(三) 原告有限会社一関タクシー(以下「原告一関タクシー」という。)

設立年月日 昭和一六年二月一日

資本金 二〇〇万円

保有営業車輛数 五四台

営業所 本社ほか二か所

従業員数 一〇八名(うち組合員一〇二名)

2 被告ら

次項記載のストライキ実施当時、昭和五四年(ワ)第三三号事件被告らはいずれも原告厳美観光タクシーの、同第三四号事件被告らはいずれも原告県南タクシーの、同第三五号事件被告らはいずれも原告一関タクシーの、各従業員であった。

二  ストライキの実施

昭和五四年(ワ)第三三号事件被告らは原告厳美観光タクシーに対し、同第三四号事件被告らは原告県南タクシーに対し、同第三五号事件被告らは原告一関タクシーに対し、いずれも昭和五四年三月一日付文書により同年度の賃上げ要求についての団体交渉の方式に関し、自己の働く会社以外の原告である他の二社と合一しての集団交渉方式によることを求め、原告らがこれを拒否するや、これを不満とし、その要求を貫徹するために、次のとおりストライキを行った(以下これを「本件ストライキ」という。)。

(一) 昭和五四年四月二七日午前八時から翌二八日午前八時までの二四時間

(二) 同年四月二九日午前八時から同年五月一日午前八時までの四八時間

(三) 同年五月一日午前八時から同年五月六日午前八時までの一二〇時間

(四) 同年五月六日午前八時から同年五月一一日午前八時までの一二〇時間

(五) 同年五月一一日午前八時から同年五月一六日午前八時までの一二〇時間

(六) 同年五月一六日午前八時から同年五月一九日正午までの七六時間

右合計 五〇八時間

三  本件ストライキの違法性

本件ストライキはその目的において違法なものであり、その理由は、次のとおりである。

1 労働組合法七条二号は、使用者に団体交渉応諾義務を認めているが、これは使用者をして労働者と対等の立場に立たせることにより労働者の地位の向上を目的とするものであるから、使用者対被用者という関係の存在を当然の前提とするものである。したがって、使用者対被用者という関係が存在しなければ、使用者には団体交渉応諾義務はない。してみると、各独立の企業であり、独立の採算において営業している各原告としては、自社以外の他の原告らの従業員との間において、使用者対被用者という関係が存在しないのであるから、これらの者との集団交渉に応ずべき義務がないことになる。したがって原告らと被告らとの間において皆が一同に会して集団交渉を行うには、当事者双方の合意もしくは慣行が必要であるところ、原告らと被告らとの間にはこれが存在しないのであるから、被告らが原告らに対し集団交渉を求めて争議行為に入ることは原告らに法律上の義務なきことを強要するものであり、違法である。

2 争議行為の目的は団体交渉の目的となりうるものに限られるものであって団体交渉の目的となりえない事項を目的とする争議行為は違法であるところ、本件ストライキは集団交渉を求めることを目的とするものであって、団体交渉の目的となしえない事項を目的とするものであるから違法である。けだし団体交渉方式の決定は、労使の事前協議の対象にすぎないものであって、団体交渉の目的とならないものであるからである。

3 争議行為は労働条件ないし労働者の地位の向上を直接の目的としたものであることが必要であるところ、本件ストライキは直接労働条件と無関係な事項を目的としたものであるから違法である。

4 争議行為の目的は労使の自主交渉によって解決できるものでなければならないところ、本件ストライキは原告らに対し、集団交渉に応ぜよというものであって、原告ら個々の立場において解決できることを目的とするものではないから違法である。けだし原告らは事業者団体を構成しているのでもなく、また合一しての団体交渉当事者適格を有しているのでもないから、他社に対し集団交渉を強制することはできないからである。

四  被告らの責任

前記のとおり本件ストライキは違法であり、故意に原告らに損害を与えることを目的としてなされたものであるから、たとえ被告らの争議行為が組合の機関決定によるものであっても、その違法性は阻却されず、組合とともに参加組合員全員に民法七〇九条による不法行為責任が生じ、各事件の被告らはその雇用されている各原告に対し、連帯してその損害を賠償すべき義務がある。

五  損害

被告らが前記争議行為をなさず通常の労務に服していたら、原告らは右争議行為期間中に次のとおりの利益を得るはずであったが、本件ストライキにより、原告らは、これを得ることができず、これと同額の損害を被った。

原告厳美観光タクシー   七二万五九円

原告県南タクシー    九四万四六四円

原告一関タクシー  一二七万五七三四円

六  まとめ

よって請求の趣旨記載のとおり、原告厳美観光タクシーは昭和五四年(ワ)第三三号事件被告らに対し七二万五九円およびこれに対する不法行為の日の後である昭和五四年七月五日から支払ずみに至るまで商事法所定年六分の割合による遅延損害金の、原告県南タクシーは前同第三四号事件被告らに対し、九四万四六四円およびこれに対する不法行為の日の後である昭和五四年七月五日から支払ずみに至るまで商事法所定年六分の割合による遅延損害金の、原告一関タクシーは前同第三五号事件被告らに対し一二七万五七三四円およびこれに対する不法行為の日の後である昭和五四年七月五日から支払ずみに至るまで商事法所定年六分の遅延損害金の各支払(なお遅延損害金を商事法定利率でもって請求するのは、原告らがいずれも会社であり、原告らの被った損害がいずれも営業上のものであるからである。)を求める。

《以下事実省略》

理由

一  請求原因一項の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  原告厳美観光タクシーには、もとその従業員で組織する労働組合である全自交岩手地本厳美観光支部があり、原告県南タクシーには、もとその従業員で組織する労働組合である全自交岩手地本県南支部があり、原告一関タクシーには、もとその従業員で組織する労働組合である全自交岩手地本一関支部があったが、右全自交岩手地本厳美観光支部ら三組合は、昭和五三年一二月七日組織統合して全自交岩手地方本部一関支部(以下「一関支部」という。)を結成し、従前の全自交岩手地本厳美観光支部、同県南支部、同一関支部はそれぞれ全自交岩手地方本部一関支部厳美観光分会、同県南分会、同一関分会となった。

2  全自交は、三七都道府県にその下部組織として各地方本部があり、組合員数は現在七二、〇〇〇人位であるが、昭和三六年から、ハイヤー、タクシー業界の企業間の労働条件の較差を是正するため、地方の企業単位の下部組織を地域別に統一し、この組織が、労働条件につき統一化した要求を掲げて各企業に集団交渉を求め、各地でこの交渉方式を実現している。この際、企業側が上部組織を持っている場合には、それが集団交渉の相手方となり、そのような上部組織がない場合には、各企業が同一の席に会し、話し合うという方式がとられているが、各企業の事情により、すべてが統一化した条件で話がまとまることは困難なので、集団交渉では、大筋を決め、細部については個別交渉をしている。

3  一関市では、一関地区タクシー業協同組合という組織はあるが、親睦団体的なものであり、原告三社を統合する上部団体は存在しない。また、これまで、一関支部と原告三社との間において、両者が一同に会し、賃金等の労働条件を集団交渉するという慣行や合意はなかった。

4  このような事情を背景として、一関支部は、原告ら三社に対し、昭和五四年三月一日付で昭和五四年度の賃上げ等労働条件に関する諸要求を統一し、これを一関支部と原告ら三社が合同して集団交渉方式で交渉すること、即ち、一関支部と原告三社が同一の席に会し交渉することを求め、その後再三にわたってその旨要求したが、原告ら三社がいずれもこれを拒否したため、右要求を実現しようとしてストライキを行うことを決め、同年四月二六日付で前記各分会とともに各原告に対し、争議通知書を発し、本件ストライキを実施した。

5  本件ストライキ実施当時、被告らはいずれも右一関支部の組合員であり、昭和五四年(ワ)第三三号事件被告らは前記厳美観光分会に、同第三四号事件被告らは前記県南分会に、同第三五号事件被告らは前記一関分会にそれぞれ所属していたが、右一関支部の決定に基づき被告らはいずれも本件ストライキに参加した(被告らが本件ストライキに参加したことは当事者間に争いがない。)。

二  そこで、右集団交渉方式の実現をめざす本件ストライキが違法であるか否かについて、原告らの主張を順次検討する。

1  原告らは、原告らには法律上一関支部との間で同一の席における団体交渉応諾義務が存在せず、かかる法律上の義務なきことの強要を目的とする本件ストライキは違法である旨主張する。

まず、労働組合法七条二号が、使用者に対し、本件のような集団交渉に応諾すべき義務までも定めたものでないことは、原告らが主張するとおりであり、また他にそのような応諾義務を定めた法律上の規定は存在しない。さらに、原告三社と一関支部との間において、両者が一同に会し賃金等の労働条件を集団交渉する旨の合意も慣行も存しないことは前認定のとおりである。そうすると、原告三社が一関支部からの集団交渉の要求に対して応諾すべき法律上の義務はないものと解され、したがって本件ストライキが原告らに法律上の義務なきことの実行を求めるものであることは原告らの主張のとおりである。しかし法律上の義務なきことを使用者に実行させようとする争議行為がただちに違法となるものではない。けだし争議行為はもともと使用者に法律上の義務のないことを労働者が団結の力を背景にして承諾させようとするものであり、かかる争議行為が憲法および労働組合法上一定の範囲で認容されているからである。このことは、賃上げを求める争議行為が使用者に法律上の義務なきことを求めるものであるにもかかわらず、これをもって違法なものと解することができないことに思い至せば明らかである。してみると本件ストライキが違法であるか否かは、被告らが原告らに法律上義務なきことを求めたか否かということからは判断できないことになるから、原告らの右主張は理由がない。

2  次に原告らは争議行為の目的は団体交渉の目的となりうるものに限られるところ、本件ストライキは団体交渉方式の決定という労使間の事前協議の対象にすぎないことを目的とするものであるから違法である旨主張する。

本件ストライキの目的は、原告らに対し集団交渉方式の実現を求めるものであって、これは通常の団体交渉の目的事項とはいえない。しかし、憲法および労働組合法において、労働者に争議権を保障している趣旨に鑑みると、争議行為の目的が、労使間の事前協議の対象となる事項であっても、ただちに違法になると解すべきではなく、その事前協議事項が労働条件の維持改善その他労働者の経済的地位の向上を図ることに密接に関連する場合には、争議行為の正当な目的となると解すべきである。このような観点からすれば、本件のような集団交渉方式が、労働者にとって団体交渉を有利に展開し、企業間の労働条件の較差を是正し、ひいては労働者の地位の向上をもたらしうる有力な交渉力式であることは、《証拠省略》によって認めることができるから、かかる交渉方式の実現を求める本件ストライキは、労働条件の維持改善その他労働者の経済的地位の向上を図ることに密接に関連する事項を目的としたものということができ、争議行為の目的として正当性に欠けるところはないというべきである。よって原告らの右主張は理由がない。

3  さらに原告らは、争議行為は労働条件ないし労働者の地位向上を直接の目的とするものでなければ違法である旨主張する。集団交渉方式で団体交渉をすることが即被告らの労働条件の維持改善その他経済的地位の向上であると言うことができないから、本件ストライキが労働条件ないし労働者の地位の向上を直接の目的としたものでないことは原告らの主張のとおりである。しかし正当とされる争議行為の目的は、原告らが主張するように労働者の経済的地位の向上を直接の目的とするものに限定して解さねばならないものではなく、前記のとおり、労働条件の維持改善その他労働者の経済的地位の向上を図ることに密接に関連する事項をも含むと解すべきである。そして、集団交渉方式の採用が労働者にとって団体交渉を有利に展開し、企業間の労働条件の較差を是正し、ひいては労働者の経済的地位の向上をもたらしうる有力な交渉方式であり、かかる交渉方式の実現を求める本件ストライキも、労働条件の維持改善その他労働者の地位向上を図ることに密接に関連する事項を目的としたものであると言うべきであって、争議行為の目的として正当性に欠けるところがないことも前述のとおりであるから、原告らの右主張は理由がない。

4  最後に原告らは、争議行為の目的は労使間の交渉によって解決できるものでなければならないところ、本件ストライキは原告ら個々の立場で解決できないことを目的とするものであるから違法である旨主張する。

しかし前記認定のとおり、本件ストライキは、昭和五四年度の賃上げ等について、一関支部と原告ら三社が一同に会し交渉することを原告らに求めてなされたものであり、原告ら各社は、参加するかどうかを自己の判断でもって決定しうるのであるから、原告らに自ら決定しえないことを目的とするものではない。本件ストライキは、集団交渉方式に賛成した使用者に対し、これに反対する他社の参加を求めてなされたものではないのである。してみると原告らの右主張も理由がない。

三  以上原告らが主張した本件ストライキの目的を違法とする事由はいずれも理由がないから、原告らの本件請求は、その余の事実について判断するまでもなく、いずれも理由がなく棄却を免れない。よって訴訟費用の負担については、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井彦壽 裁判官 澤田経夫 松嶋敏明)

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